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ルーと地獄の散歩道

この夏、我が家に新しい家族が加わった。

犬のルーである。

そして先日、いよいよ外を散歩してもいい時期になった。

今回の散歩には一つの目的があった。

ルーに「散歩中にうんちをする」という習慣を覚えてもらうことである。

そこで私も同行することにした。

というのも、我が家でまともに犬を飼った経験があるのは、実は私だけである。

子供の頃とはいえ、20年ほど犬のいる生活をしていた。

だから犬については、妻や子供たちより私の方が一日の長がある。

少なくとも私はそう思っている。

そして最近、私にはもう一つ、少々気になっていることがあった。

家庭内における私の威厳である。

私はここ最近、家庭でも自分の会社でも、遊びの仲間との間でも、「一歩引く」ということをかなり意識している。

特に夫婦というものは、男がいちいち威張っていたってロクなことにならない。

妻を一歩立てて、こちらが一歩引く。

「はいはい」と聞きながら、相手に気持ちよくやってもらう。

そのくらいが家庭円満にはちょうどいい。

……と思っていた。

我が家を一つの会社に例えるなら、妻が社長で、私は副社長。

そのくらいの関係がちょうどいいと思っていたのである。

ところが最近、その一歩が二歩になり、三歩になってきた。

どうも役職の差が開いている気がする。

改めて我が家の組織図を考えてみた。

妻は当然、代表取締役社長。

中学1年生の長女は課長。

小学3年生の次女は係長。

そして私。

……一般正社員。

しかも最近入社したルーと、それほど変わらない立場にいるような気さえする。

おかしい。

私は副社長だったはずである。

いつの間に娘たちに追い抜かれたのだろう。

しかもこのままでは、窓際でルーにまで先を越されかねない。

これはいかん。

何事もバランスである。

なんとか副社長まで再昇進せねば。

そこで今回のルーの散歩。

これは夫としての威厳と役職を取り戻す、絶好の機会でもあった。

犬のことについては私が先輩である。

ここは一つ、妻とルーを私がリードして頼りになる副社長へ返り咲いてやろう。

ちなみに「リード」には、犬につける綱という意味がある。

一方で英語の “lead” には、「導く」「先頭に立つ」という意味もある。

まさに今回の私は、リードを持って二人をリードする。

完璧である。

「犬っていうのはな、歩けば腸が動くんだよ」

私はそんな経験者感を出しながら歩き始めた。

歩けば自然とうんちもしたくなる。

まあ見ていなさい。

そんな感じである。

しかも今回は秘密兵器まで用意していた。

最近の犬用品はすごい。

棒のような器具の先に袋をセットし、犬がうんちをする瞬間にスッと差し出す。

すると地面に落とすことなく、ダイレクトにキャッチできるという優れものがある。

今回の散歩では、その「うんちキャッチャー」の記念すべき第一号を成功させる予定でもあった。

ところが。

歩けども歩けども、ルーはしない。

その代わり、しばらくすると別の生き物の腸が活性化してきた。

私である。

……うんちがしたい。

しかも、まあまあしたい。

ルーではない。

さっきまで、

「歩けば腸が動くから」

などと偉そうに説明していた本人の腸が、誰よりも忠実にその理論を実践してしまったのである。

これはまずい。

家に帰ろう。

すると妻が、例のうんちキャッチャーを持ちながら、小悪魔的な半笑いを浮かべて言った。

「第一号、これで取ってあげようか?」

……。

公衆トイレもない。

コンビニもない。

完全なる林間コースである。

一瞬、「それもアリか……?」と考えてしまうほどのピンチだった。

しかし、そんなことを実行した日には、家庭内での私の役職は一気に崩れる。

正社員どころではない。

新人アルバイトまで降格である。

それだけは避けなければならない。

私は平静を取り戻すため、ジブリの歌を口ずさむ。

「歩こう、歩こう」

いや、もう歩きたくない。

むしろ限界に近い。

それでも自分を励ますように歌い続ける。

「私は元気、どんどん行こう」

いや、どんどん行ってはいけない。

今すぐ帰らなければならない。

しかも、もしここで間違って漏らしでもしたら、新人アルバイトどころではない。

面接に来た人くらいまで落ちる可能性がある。

もはや採用されるかどうかすら怪しい。

家を出る時の私は、妻とルーをリードする男だった。

犬の経験者として妻に教え、ルーには誰がリーダーなのかを教える。

そんな散歩になるはずだった。

それが帰る頃にはどうだ。

完全に私が二人にリードを付けられて連れて帰られているような気分である。

副社長への再昇進作戦、終了。

でも、まあ考えてみれば、これくらいがちょうどいいのかもしれない。

最近、自分の会社でも、人に気持ちよく動いてもらうには、自分が前に出すぎない方がいい場面が結構あるなと思う。

全部こちらで決めるより、任せた方がうまくいくこともある。

逆に、本当に必要な時には自分が前に出ればいい。

家庭もきっと同じである。

普段は妻を立てて、一歩引く。

いざという時には前に出る。

ただ、今回に限って言えば、私が前に出る場面は一度もなかった。

むしろ最後まで必死に、まるで長距離競歩選手のゴール直前のような歩き方で家へ向かっていただけである。

とはいえ、最悪の事態だけは避けた。

例のうんちキャッチャーの第一号にもならなかった。

漏らしもしなかった。

つまり我が家における私の地位は、完全失墜まではしていない。

副社長への返り咲きこそ果たせなかったものの、なんとか正社員のポジションは死守できたようである。

まあ、それくらいならまだいい。

社会保険もあるだろうし、給料も出る。

何より、クビにならずに済んだ。

ただ一つ気になるのは、今回何もしていないルーの方が、どうも社長からの評価が高そうなことである。

このままでは先輩社員としての立場すら危うい。

こうして我が家の平和な週末は始まった。

妻をリードし、ルーをリードするつもりで家を出た私。

帰る頃には、どうやら一番リードが必要だったのは私だったのかと思わせる週末でしたとさ。めでたしめでたし。

それでは明日、市場でお会いしましょう。

ワンちゃんのしつけのアドバイス、大歓迎です。

できれば、飼い主の威厳を保つ方法もお願いします。

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