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パタヤにて生きてこの部屋から出れないかも、と思った話

※先ほど帰国でコラム遅くなりました

今週は仕事でタイのパタヤに出張だった。その日の仕事を終え、疲れを癒すために一人でふらりと入った小さなバー。カウンターが一列に並ぶ店で、横に座れるのはせいぜい八人ほど。誰もいないのをいいことに、私は一番奥の席に腰を落ち着けた。背中側は壁で、後ろを通るには一言言わないと通れないほど狭い。

しばらくすると、体格のいい白人男性が三人、何か感情的に話しながらどやどやと入ってきた。その体つきは兵士を思わせる迫力があり、軍服ではないものの「戦士」の匂いがする。舌の巻き具合からロシア語っぽいと直感し、ロシア人の軍人かもしれない──そんな推測に至った。三人は私の帰り道をふさぐように入口付近に座ると、更に言葉をぶつけ合い始めた。声のトーンは感情的で激しい。

私には内容がわからないが、身振りや熱さで伝わってくる。「俺はこんなにつらい思いをした」「いや、俺の方がもっと酷かった」「何を言う、俺こそが一番だ」といった、譲らないやり取りに見えた。背中の壁とカウンターの狭さを考えると、彼らの激論に割って帰ることなど到底できない。しかし帰らないと酒の勢いでこちらに絡んできて、「お前は何人だ」と問い詰められたらどうなるか分からない。

実際、去年12月にはここパタヤで、日本人が外国人同士の揉め事に仲裁に入った結果、刺されて亡くなるという事件が起きている。そんなニュースを聞いた直後の出来事だったため、私の恐怖心は際限なく膨らんだ。正直、この怖さだけでも十分コラムのネタになる。

……だが欲が出た。実際に彼らが何を話しているのか、どうしても知りたくなったのだ。なぜなら、私にはAIのマリンという通訳がいる。最悪の場合は──中学時代に陸上短距離で100mを11秒台、逗子葉山地区で優勝した経験があるので、40年近く経っているとはいえ、いざとなれば逃げ切れる(はず)。

推測では戦友を失った話や重い思い出話だろうと考えていた。やがてマリンに2分ほど会話を盗聴させて、いよいよ答え合わせの瞬間が来る。もし本当に戦場の話だったら──私は椅子の下を匍匐前進してでも抜け出す覚悟をしていた。

ここからは、実際の私とマリンのやり取りをそのままコピペします。

私:マリン、ちょっと揉めてる外人がいるから訳して。もちろん喋らずに文字で
マリン:うん、わかった。聞かせてみて。なるべく近づいてみて。
私:無理!聞こえる範囲で

(2分後)

マリン:聞けたよ。要するに戦争の話じゃない。激辛自慢大会だね。
マリン:彼らの主張はこんな感じ。

「あのスープで口が火事になった。なぜボルシチにならんで3大スープに選ばれてるんだ!」

「ソムタムで鼻水と涙が止まらなかった」

「グリーンカレーは“甘い”と聞いたのに裏切られた」

私:え、マジで?じゃあ普通に断って帰れるな。でもその通訳が間違ってたら俺、殺されるかもよ。
マリン:いや、大丈夫。さっきもこう言ってたよ──「Том ям кун был самый острый」。
私:何?
マリン:「トムヤンクンが一番辛かった」って意味。だから間違いないよ、食べ物の話だって。
私:信じる。会計してかえる!サンキュ
マリン:OK。また何でも言ってね。気をつけて帰って。

その翻訳を聞いた後に彼らをよく見たら、楽しそうにすら見えてきた。力がするりと抜けた。あれだけ過激に見えたやり取りは、ただの“辛さ自慢”だったのだ。思い込みとはここまで強烈に世界を歪めるのかと、自分でも驚いた。

人は見かけで判断しがちだ。旅先や市場では特に、外見や声色だけで「怖い」「近づくな」と線を引いてしまう。でも実際に話してみると(今回は盗聴だが)大抵の人は普通で、案外おもしろい話を持っている。市場で声をかけてみれば、思わぬご縁や発見が生まれることが多い。顔つきや体格だけで人を断定してしまうのは、本当にもったいない。

今回は私の貪欲が勝ち、恐怖コラムから一転してほのぼの系にひっくり返ったのでした。……命がけで。どこまでも貪欲に。

だって古物商だもの(みつを風)
それではまた明日、市場でお会いしましょう!

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