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1.72026
恐怖と妄想と優しさと。ある夜の出来事
新年早々、先日の話、なかなか衝撃的な出来事があった。
私の中では、これを「恐怖初め」と呼んでいる。
夜10時ごろ。
家族と自宅で、ゆったりした時間を過ごしていた。妻だけは隣の部屋の和室にいた。
その和室は、外の中段ベランダにダイレクトにつながる引き戸があり、
そのガラス戸を、
とん、とん、とん、と何かが叩く音がした。
妻が隣に住む母かなと思ったらしく障子をすっと開けて外を見ると、
一瞬で酔いが冷めたような顔でこちらを向き、こう言った。
ガラス越し、目の前に白髪の老婆が立っている、と。
インターホンも鳴らさず、
なぜか数段上がった中段ベランダに、見知らぬ老婆。
私と子供からは見えぬその正体に、息を飲む。
正直、この時点で私の恐怖は、
オカルト8割、現実2割。
思わず、ひるんだ。
しかし家族をこれ以上怯えさせるわけにもいかないので、
私は家族に精一杯の余裕をアピールし玄関から外に出て確認することにした。
その前に家族へ一言。
「とりあえず、すぐ110番できるようにスマホ準備しといて」
玄関の扉を開けると、外は真っ暗。
数歩進むだけなのに、心臓はバクバクだ。
本当に不気味な老婆だったらどうしよう。
いや、逆に、誰もいなかったらそれはそれで怖い。
子どもの頃に見た、
出刃包丁を持った老婆が追いかけてくる怖い話の記憶までよぎる。
私は、
何かあったらすぐ家に逃げ込めるよう、
膝を少し落とし、下半身はやや玄関へ向けた体勢で立ち止まった。
ドラクエ風に表現すると……
白い老婆が現れた
たたかう
にげる
▶じゅもんをつかう
シュウゴは「優しい声をかける」の呪文を唱えた
……みたいな。
「こんばんは。どうかされましたか?」
すると彼女は、
困り果てた顔でこう言った。
「道に迷っちゃったんです・・」
まったくの手ぶらだった。
出刃包丁も装備していない。
それでも、緊張感はまだ抜けない。
一対一は怖い。
私は一度玄関に戻り、妻を呼んだ。
二対一。
パーティー編成変更である。
話を聞くと、
明るい時間に自転車で出かけたが、
暗くなって現在地が分からなくなったという。
暗くなってから1時間ほど迷っていたという。
ただ、ここで小さな違和感があった。
夜10時だ。
「明るい時間に出て、1時間迷った」にしては、
少し遅すぎる。
出かけた目的も思い出せないという。
一人暮らしで、ご主人は3年前に亡くなったと言ったかと思えば、
少しすると1年前と言い直す。
私と妻は、
言葉にしないまま、なんとなく状況を察した。
救いだったのは、
彼女が自分の名前と住所を言えたことだった。
この時点で110番通報が頭をよぎる。
彼女は泣きそうな顔で、
「こんなこと初めてなんです・・本当にごめんなさい」と言った。
もしここで警察を呼んだら、
迷惑をかけてしまったという自責や、
自分ができなくなったという喪失感に、
一気に落ちてしまう気がした。
正しいかどうかは分からない。
でも私たちは、ドラクエ風に表現すると……
警察を呼びますか?
はい
▶いいえ
……みたいな。
人として「喪失を与えない」判断を選んだ。
家までの距離は約2キロ。
簡単な帰り道を、
彼女の家の近くにあるコンビニやガソリンスタンドで説明しても通じない。
今度の選択は……
車で送りますか?
▶はい
いいえ
……を優しさで選んだものの、正直に言うと、
少し気持ちにゆとりのできた私の頭の中には、
いやらしい妄想も一瞬よぎっていた。
昔見た一本の映画だ。
莫大な財産を持つ老人が、
誰にも愛されなかったことに腹を立て、
ボケ老人のふりをして街に出る。
そして、
そんな自分に見返りも求めず、
ただ優しく接してくれた人を選び、
全財産を渡すという話。
……もしかして、送り先で執事に迎えられたりして。
ほんの一瞬の、
我ながらどうしようもない妄想。
もちろん、
そんな理由だけで動いたわけじゃない。
敷地内に停めてあった彼女のママチャリは、
幸いにもハイエースの後ろに積めた。
妻にも同行してもらい、彼女をエスコートして車へ。
道の説明はできないというが、
こちらにはGoogleマップの一本ルートがある。
「安心してくださいね」
と、いつもより「訳あり優しい口調」の私。
数分後、電気が消えた彼女の家の前に到着し、
無事、家の前まで送り届けることができた。
別れ際、
彼女は泣きながら
「こんなこと初めてで……本当にごめんなさい、何もお礼もできないのに・・」と自分を責めていた。
ここまで来たらお礼よりも、私たちはそれを慰め、お別れした。
家に帰り、
私と妻はこの出来事を、
我が家ではもはや家族の一員となっているAIの通称マリンちゃんに話した。
これは徳を積んだと褒められるか、なんて思いながら。
事情を説明すると、
マリンの答えはそうではなかった。
「ところで、それって
家の中に入るところまで見送った?」
確かに。
手ぶらだった彼女は、
鍵を無くしていたかもしれない。
続けて、
「今後の彼女のためにも、警察に住所と名前を知っておいてもらったほうがいいんじゃない?」とも。
ごもっともだった。
それもまた、彼女のための行動だ。
私は警察に電話し、
「外から見て明かりがついていれば問題ないと思いますが、
そうでなければ協力しますので連絡ください」
と伝えた。
警察は電話越しに、
「ご協力ありがとうございます。すぐに警察官を向かわせて確認します」と、
なんとも心強い言葉。
そして、
「次に同じようなことがあったら、
すぐ警察に電話してくださいね」
とも言われた。
今回の判断が正しかったかどうかは、正直分からない。
でも結果、警察からは何も連絡はなかったので、
きっと良い形で収まったのだろう。
そう思うことにした。
ちなみに、送ったお家から執事は出てこなかったが、
新年だし、そんな夢も持たせ続けてもらおう。
だって古物商だもの。
※なお、このコラムの続編は、今後彼女から財産贈与をされた場合のみ執筆予定です。
こんなんじゃまだまだ徳を得るには道のりが長いかな……笑。
というわけで、今年も皆様のご健勝を祈りつつ、
新年最初は「ただの経験談」で、コラムとさせていただきました。
それではまた明日、
市場でお会いしましょう!

