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8.192026
新しい家族、犬のフン闘記
以前このコラムでも書きましたが、私が愛媛へ3日間出張している間に、家族が私に内緒で子犬を飼ってしまいました。
飼うまでの数年間は、
「パパ、犬飼いたい!」
「ダメダメ! だってパパは絶対に散歩もしないし、餌もやらない。ましてや、うんちの片付けなんて絶対にやれないからね!」
そんな私の宣言もむなしく、子どもたちは「その時は全部自分たちでやるから!」と押し切り、我が家に新しい家族がやってきました。
名前は「ルー」。
ところが、先日の昼。
家族はみんな出かけていて、家にいるのは私一人。ふとルーのケージを見ると、今にも本人が踏みつけそうな場所に、立派なうんちが鎮座しています。
そして一方、私の昼ご飯として用意されていたのは、よりによってカレー。
カレーを先に食べるべきか。
うんちを先に片付けるべきか。
うんち、カレー、そしてルー。
なんだかもう、この3つが妙なマリアージュを起こして、ひとつの固有名詞にすら思えてきます。
人生でもそうそう経験しない究極の選択。
しかし、ルーが踏んづけてしまっては大変です。
私はついに――
うんちだけに、奮起しました。
ティッシュでつまんでトイレに流すだけなのですが、「絶対にやらない!」と豪語していた私にとっては歴史的な一歩です。
そして、また別の日。
私は少々ケチな性格というか、中古業界に長くいるせいなのか、誰かが使ったものにあまり抵抗がありません。
お風呂上がりも、わざわざ新しいバスタオルを出して洗濯物を増やすくらいなら、妻や娘が一度使って洗濯カゴに入れたバスタオルを拝借して、頭から顔、体まで拭いてしまうことがあります。
その日も、いつものように洗濯カゴから一枚拝借。
頭を拭き、顔を拭き、全身を気持ちよく拭き終わったところで、娘がひと言。
「パパ、そのタオル、今日ルーのお尻と口を拭いたやつだよ」
ギャー!!
結局、もう一度シャワーを浴び直すことになりました。
そして、在宅仕事中にもルーは容赦ありません。
まだ子犬なので、寂しくなると、
「キャン、キャン、キャン、キャン……」
パソコンに向かって仕事をしている横で、あまりにもキャンキャン言い続けるので、
「お前もギャル雑誌と同じ名前にしてやろうか!」
と、一人ツッコミ。
そんな毎日を送っています。
ただ、笑ってばかりもいられません。
最近では甘噛みも増えてきて、そろそろ家族みんなでちゃんと「しつけ」を勉強しなくてはいけない。
そこで私もいろいろ調べたり聞いたりしてみたのですが、これが驚きでした。
私が子どもの頃、約40年前に犬を飼っていた時の記憶では、
「悪いことをしたら、その場でしっかり叱る」
「噛んだら厳しく教える」
「言うことを聞かなければ、急所である鼻先を軽く叩く」
そんな教え方が、少なくとも私の周りでは普通だったように記憶しています。
ところが今は、ずいぶん違う。
悪いことをしたから罰を与えるのではなく、良い行動をした時にしっかり褒める。
噛んだから力でやめさせるのではなく、遊びを中断したり、噛んでいいおもちゃへ誘導したりして、「何をすれば正解なのか」を覚えさせる。
そして、なぜ吠えるのか、なぜ噛むのか、その原因を考えながら、犬が安心できる環境をつくっていく。
なるほど。
犬のしつけにも、ジェネレーションギャップがあったのです。
でも、よく考えてみれば、これは人間の世界も同じです。
私たちが子どもの頃の部活動なんて、「水を飲むな」「根性で乗り切れ」「先輩の言うことは絶対」なんていう時代。
スポーツでも、会社でも、子育てでも、叱られて覚える、厳しくされて強くなる、という考え方が今よりずっと強かったように思います。
それが今では、相手の個性を理解して、良いところを伸ばし、なぜできないのかを一緒に考える。
もちろん、昔のすべてが悪く、今のすべてが正しいという単純な話ではありません。
ただ、人間への接し方が時代とともに変わったように、犬との接し方も同じように変わっていたんだなぁと、約30年ぶりのワンちゃん生活で知りました。
さて、現在は夏休み。
まだ子どもたちが家にいるのでいいのですが、夏休みが終われば子どもたちは学校へ行き、妻も卓球の仕事へ出かけます。
そして昼間、民泊の運営などで最近家にいることが多いのは――
私です。
「散歩もしない!」
「餌もやらない!」
「うんちなんて絶対に片付けない!」
あれだけ宣言していた私が、どう考えてもルーと二人きりで過ごす時間が一番長くなりそうなのです。
どうやら私とルーの**「フン闘記」**は、まだまだ続きそうです。
約30年のブランクがあるワンちゃん生活。今の私は、ほぼ素人同然です。
ワンちゃんを飼っている方、ぜひ市場で私を見かけたらお声がけください。
犬飼いの先輩として、ありがたく崇めさせていただきます。
それではまた明日、市場でお会いしましょう。

