入荷情報
9.242026
台風に突っ込み、母の車に突っ込み、15年前で止まった町へ
私は基本的に、カレンダーが赤い日に旅行へ行きたくない。
混む。高い。疲れる。
わざわざ高い金を払って渋滞にハマるくらいなら、平日に行けばいいじゃないか、というのが私の考えである。
しかし家族にそんな理屈は通用しない。
「シルバーウィーク、どっか行きたい」
しかも最近、周りからよく言われる。
「家族4人で旅行できるのも、子どもが大きくなったらそう何回もないよ」
確かにそうかもしれない。
ということで今回の目的地は宮城県。
ただし、連休料金の高い宿に泊まる気はない。
私のハイエースは後ろがセミダブルベッドになっており、後部座席と組み合わせれば家族4人くらい十分寝られる。
**宿がなければ車で寝ればいい。**
ところが出発日は、よりによって台風。
「本当に行くの?」
「気をつけてね」
と散々言われ、私も「仙台まで慎重に行こう」と思いながら、自宅敷地内でハイエースをバックさせた。
**母親の車の脇腹にドン。**
まだ公道にすら出ていない。
仙台まで約400キロ。
**旅行開始0メートルで事故である。**
台風で後ろがほとんど見えなかったのだ。
これはまずいとガソリンスタンドへ行き、洗車機で一番いい2,200円の撥水コーティングを施工。
これで安心。
……と思ったのだが、圏央道で八王子あたりまで来ると雨はさらに激しくなり、ワイパー全開。
さすがにこれだけ激しくワイパーで擦り続ければ、撥水コーティングの効果も早々に薄れてくる。
そこでサービスエリアで見つけたのが、1,500円ほどの**スプレー式ガラコ**。
シュッと吹いてワイパーを動かすだけ。
これが驚くほど効いた。
高速では水滴が勝手に吹っ飛び、その後はほとんどワイパーを使わずに済んだ。
最近ガラコなんぞ使っていなかったが、今のガラコ恐るべし。
台風旅行の救世主となった。
## 兄貴の変わった魚料理店へ
今回、宮城へ向かった目的の一つが、塩竈市に住む兄の店。
**「さくら食堂」**である。
この店が、普通の魚料理屋とはちょっと違う。
兄は自分で大型の釣り船を所有している。
その船にお客さんを乗せ、自ら釣りへ連れて行き、釣れた魚を店で料理して提供する。
さらに地元の釣り人が釣った魚も買い取る。
一般的な魚料理店なら市場から魚を仕入れるのが普通だが、さくら食堂は**地元の海で釣れた魚を、釣った人から直接店へ**という、かなり地産地消なスタイル。
だから、その日に何が釣れたかで料理も変わる。
釣り好き、魚好きにはたまらないし、その珍しさから観光客にも評判になり、ランチは毎日のように並んでいるという。
今回は取材も兼ねて、地元ならではの新鮮な穴子のしゃぶしゃぶ、朝獲れの魚、ワタリガニの塩茹でなどを用意してもらった。
これは魚好きにはたまらない。
塩竈方面へ行くことがあれば、ぜひ「さくら食堂」へ。
兄の店なので、ここは堂々と宣伝しておきます。
松島も観光し、人生トップ3に入りそうな牛タンも食った。
ここまでは完全に食って遊んでの家族旅行である。
## そして、福島へ「潜入」
ただ今回、もう一つやりたいことがあった。
娘たちは二人とも、2011年の東日本大震災を知らない世代である。
せっかく東北まで来たのだから、教科書やYouTubeだけではなく、実際に震災の現実を自分の目で見せておきたい。
そこで現地に住む兄にも相談し、名取方面など震災の記憶を伝える場所を見ながら南下した。
そして最後に、
「福島のあの辺も、一度見ておいた方がいいんじゃない?」
という話になった。
福島第一原発周辺。
かつて広い範囲に避難指示が出され、その後、少しずつ解除や立入規制の緩和が進んできた地域である。
2026年の現在も帰還困難区域は残っているが、以前は自由に通れなかった地域にも、今では一般車で走れる道路がある。
ならば、
**行けるところまで行ってみよう。**
もちろん規制区域には入らない。
常磐道を途中で降り、一般車が通行できる国道6号へ。
双葉町、大熊町方面へ約10キロ。
ある意味、家族4人での**社会科見学潜入ツアー**である。
ところが、入ってすぐに空気が変わった。
道路はきれい。
車も走っている。
大型ダンプも、新しいビジネスホテルもある。
なのに、
**人が歩いていない。**
福島第一原発へ近づくほど、国道から分かれる道路にはバリケードや立入規制の表示が現れる。
こちらは普通に国道を走っている。
そのすぐ横には、まだ自由に入れない区域がある。
日本国内なのに、なんとも不思議な光景だった。
そして国道沿いに、大型のリサイクルショップがあった。
同業者なので、どうしても目が行く。
広い敷地は草ぼうぼう。
建物にも草木が絡みついている。
15年前までは店員がいて、お客さんが来て、普通に商売をしていたはずだ。
地震が起きた瞬間、店内がどうなったのかは分からない。
棚から商品が落ち、そのままなのかもしれない。
もちろん中を見たわけではないので想像でしかない。
しかし外から見ると、
**2011年3月11日の途中で突然営業を止め、そのまま15年間、時間だけが進んだ。**
そんなふうに見えてしまう。
家具屋、商店、住宅。
草木に飲み込まれた建物。
そして、人がいない。
正直、
**北斗の拳の「ヒャッハー!」とか言ってる悪党がバイクで出てきても、あまり違和感がない。**
最初はそんな冗談を言っていた。
でも、走っているうちに笑えなくなった。
映画のセットではない。
ここは本当に、誰かの故郷だった場所なのだ。
## 「普通」って、結構ありがたい
国道6号を走ったのは、ほんの10キロほど。
それだけで十分だった。
娘たちには、
「よく見ておきな」
と言った。
普通の国道のすぐ横にバリケードがあり、その向こうに誰かの家がある。
震災を知らない世代には、教科書を読むのとはまったく違う社会勉強になったと思う。
そして私自身も考えさせられた。
「最近、なんか面白いことないな」
「刺激がないな」
そんなことを思うことがある。
でも人間なんて勝手なもので、毎日続いているものにはすぐ慣れてしまう。
朝起きる。
仕事へ行く。
家に帰る。
家族と飯を食う。
休みになれば、ハイエースに家族4人詰め込んで、ゴチャゴチャ言いながら旅行する。
今はそんなことも当たり前だと思っている。
でも今回見た町では、その「当たり前」がある日突然なくなった。
**今日も普通に家へ帰れる。**
考えてみれば、それだけで結構幸せなことなのかもしれない。
そして子どもたちも大きくなる。
家族4人でハイエースに雑魚寝して旅行できるのだって、あと何回あるか分からない。
最近刺激がないなあ、なんて思っている人。
何も起きない日常も、案外悪くないですよ。
ただし、
**旅行開始0メートルで母親の車にぶつけるような刺激は必要ありません。**
それは本当にいらない。
そんなことを考えさせられた、今年のシルバーウィークでした。
**それでは、明日市場でお会いしましょう。**

